1 旧優生保護法についての最高裁判所の判決
先日(7月3日)、最高裁判所で、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制された人たちが国を訴えた裁判で、国に賠償責任があるとする判断が確定したとして大きく報道されました。
この判決は、障害を持つ人に対して不妊手術を強制した旧優生保護法を違憲であると明確に判断した点で画期的な判決です。
法律的には、最高裁判所での争点は、たった一つ、被害者の損害賠償請求権が、民法に定められていた期間(20年)を経過したことにより消滅しているかどうか、だけでした。旧優生保護法で、不妊手術を強制することが憲法13条(個人の尊重、幸福追求権)、14条1項(法の下の平等)などに違反し、その違反により被った損害賠償請求権を行使できるかどうか、が争点でした。
国側は、「民法では、不法行為から20年を経過した場合には、請求権は消滅すると定めている」と主張しました。これは、20年という期間を「除斥期間」と捉え、その例外は一切認めない、という考えです。最高裁判所は、これまでそのように解釈してきていました。しかし、最高裁判所は、不妊手術の強制は憲法違反であるとし、除斥期間についても、「著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある場合」には、期間が経過しても権利は消滅しない、との初判断を示し、これまでの判例を変更したのです。
2 「除斥期間」とは?
不法行為に基づく損害賠償請求権の時効について、本件で適用される民法の規定は、「損害および加害者を知った時から3年」と「不法行為の時から20年」という二つの規定がありました。本件では、不妊手術は、数十年前に行われたものであり、20年以上の期間が経過しています。最高裁判所はこの「不法行為の時から20年」という規定は「除斥期間」であり、20年を経過すると、一律に請求権は消滅してしまい例外は認められない、と解釈してきました。
しかし、本件が、国による著しく正義・公平の理念に反する人権侵害であることから、そうした場合には、除斥期間の主張は、信義則違反又は権利濫用であると判例を変更して、国の上告を棄却しました。
学者の間では、以前から、そもそも除斥期間ではなく時効の問題と解釈すべきと主張されていました。20年経過したら、一律に請求権が消滅するというのではなく、時効期間と考えるというものです。
3 現在の民法(2020年令和2年4月1日から施行)と除斥期間
現在では、20年というのは除斥期間ではなく、時効期間であると明確に規定されました(現行民法724条)。
除斥期間ではなく、時効期間であるとどこが違うかというと、一番の違いは除斥期間というのは、20年が経ってしまうと、請求権は自動的に消滅してしまう、ということです。
時効であれば、完成猶予と更新という制度があります。例えば、裁判を提起して請求すると時効の完成が猶予され、裁判が終了すると、時効が更新されます。
時効の完成猶予となるのは、裁判上の請求(訴えの提起)、強制執行・競売、仮差押え、裁判外の請求(催告)、協議を行う旨の合意、天災です。
このうち、時効が更新されるのは、裁判上の請求(訴えの提起)、強制執行・競売だけです。それ以外の、例えば、裁判外の請求(催告 内容証明郵便による請求が典型例です)は、その後6ヵ月は時効の完成を妨げますが、その間に訴訟提起をしないと時効は更新されず、時効が完成してしまいます。
4 時効というのは、長期間続いた事実関係をそのまま認めようとする制度です。
消滅時効については、「権利の上に眠る者」(権利があるのに長期間行使しない人)は保護しない、また、長期間が経過してしまうと証拠が散逸し、真実を発見することが困難になること、などがその趣旨とされています。
一般的には、早期に検討し、解決に向けて行動するほうが解決可能性は高くなります。
今回の旧優生保護法の人権侵害は、当事者に不妊手術であることを知らせないままに手術を受けさせた事例もあり、さらに障害者に対する根強い差別もあり、当事者が声を上げることが不可能であったとの事情を正面から受け止め、「著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある」として、国の上告を排斥しました。
今後、国は、訴訟提起していない被害者も含め、全面救済をすることが求められています。今後の動向にも注目しましょう。